名刺入れ、失敗しない選び方——革・容量・色・名入れ、作り手の本音
名刺入れというのは、作っていていちばん気の抜けない一品かもしれません。面積は小さいのに、人前でいちばん頻繁に、しかも至近距離でひらかれる。財布は懐にしまいますが、名刺入れは相手の目の前で開く道具です。だから縫い目の一針、コバ(革の切り口)の磨き具合が、そのまま人目にさらされる。手を抜けないのです。
お客様と話していても、名刺入れ選びで足が止まる方は本当に多い。「金属のケースと革、どっちがいいんでしょうね」「何枚くらい入れば足りますか」「やっぱり無難に黒ですかね」。値段もそうです。上を見れば数万円、下を見れば千円台まである。どこが自分にとっての“ちょうどいい”のか、分からなくなってしまう。
気持ちはよく分かります。なので今日は、作り手として「ここを見ておけば、まず後悔しない」というところを、正直にお話しさせてください。難しい話はしません。順番に、素材、容量、色、そして仕立て。
金属のケースより、革のほうが名刺にやさしい
まず素材の話から。金属製のカードケースは、見た目がシャープでかっこいい。私も嫌いではありません。ただ、名刺を入れる道具として見ると、ひとつ気になることがあります。出し入れのたびに、名刺の角が金属のエッジに擦れるんです。何度も繰り返すうちに、印刷が薄くなったり、角がそっと反ってきたりする。渡した名刺の角がめくれている、というのは、けっこう相手に見られているものですよ。
その点、革はやわらかくしなって名刺を抱きます。大事な一枚を、きれいなまま相手の手に届けられる。これは地味ですが、毎日効いてくる違いです。
それに革には、金属にはない楽しみがあります。育つ、ということ。仕立てたばかりの栃木レザーは、少しよそよそしくて、色も明るい。それが手の脂と時間を吸って、だんだん艶が乗り、色が深く沈んでいきます。半年、一年と使ううちに、あなたの手の当たる場所から先に飴色になっていく。既製品だったものが、いつのまにか「あなたのもの」になる。名刺入れは毎日触るぶん、この変化がとりわけ早く、はっきり出ます。持つ楽しみのある道具です。
薄く持つか、たくさん受けるか
容量は、正直「自分がどう使うか」次第で、そこに正解はありません。ただ、選ぶときの分かれ道ははっきりしています。胸ポケットに入れたときの薄さを取るか、収まる枚数を取るか。
自分の名刺を十数枚、さっと持ち歩ければいい。そういう方には薄型をおすすめします。ここ数年で増えているのが「ササマチ」という仕立てで、薄い蛇腹状のマチをつける作り方です。ふだんは薄く、開くと必要なぶんだけ口が開いてくれる。ジャケットのシルエットを崩したくない人には、これがよく合います。名刺を取り出す所作まで、なんだか様になる。作り手としても、この薄さをコシを残したまま出すのは腕の見せどころで、正直こういう仕事は好きです。
逆に、展示会や交流会で名刺交換が続く仕事の方。いただいた名刺もその場でどんどん受けたい、という使い方なら、通しマチの大容量が安心です。二、三十枚は余裕で入って、自分の名刺と受け取った名刺を分けて持てる。厚みは出ますが、肝心なときに「名刺、切らしてしまって」と焦ることがありません。
ひとつだけ革の話を添えると、薄く仕立てるほど、革そのものの質と漉き(すき/革を薄く削る作業)の丁寧さが出ます。薄いのにヘタらない、というのは、いい革と手間をかけた漉きがあって初めて成り立つ。薄型を選ぶときは、そのあたりを触って確かめてみてください。革の厚みと硬さについてはこちらの記事にまとめてあります。
黒は万能。でも、それだけじゃもったいない
色で最後まで迷う方、多いんです。よく聞かれるのが「ビジネスだから黒が無難ですよね」。答えははっきりしていて、黒は間違いなく万能です。どんなスーツにも合うし、相手も選ばない。迷ったら黒かダークブラウン、これで外すことはまずありません。
ただ、名刺入れは面積が小さいぶん、少し色に踏み込んでも派手になりにくい、おもしろいアイテムでもあります。キャメルの明るいタンや、赤みのあるコニャック。落ち着いているのに、ふと相手の記憶に残る。「あの人、いい色の名刺入れ持ってたな」と思い出してもらえたら、しめたものです。
もうひとつ、革ならではのコツを。色は「今の色」で選ぶと、けっこう外します。さっき書いたとおり、革は使うほど濃く深くなる。ヌメのナチュラルは飴色へ、キャメルはぐっと深いブラウンへ変わっていきます。だから、買った瞬間ではなく、二年後の育った姿を思い描いて選ぶといい。この考え方は色選びの記事で詳しく書いたので、迷ったら覗いてみてください。
縫い目と名入れに、その後の何年かが出る
素材と容量と色が決まったら、最後に見てほしいのが仕立てです。とくに縫い目。名刺入れは毎日ぱたぱた開け閉めするので、縫製が寿命を決めると言っていい。
私たちが手縫いのサドルステッチにこだわるのは、見た目が好きだからというのもありますが、理由はそれだけではありません。サドルステッチは一針ごとに糸が独立して締まっているので、万が一どこか一箇所が切れても、そこからずるずるほどけていかないんです。ミシン縫いだと、一箇所ほつれると連鎖して解けることがある。菱目を一つずつ開けて、両手で糸を引き締めていく手縫いは、時間はかかりますが、その分だけ長持ちする。毎日使う道具ほど、この差はあとから効いてきます。糸そのものの話は糸の記事にも書きました。
それから、名入れ。イニシャルや名前を箔で押すだけで、既製品がいっぺんに「自分だけの一つ」になります。商談の場でさらっと名入りの名刺入れを出す。派手ではないけれど、こういうさりげなさは案外覚えられているものです。ご自身用にはもちろん、就職祝いや昇進祝いの贈り物にも喜ばれます。名入れは受注でお作りすることが多いので、贈るなら日程には少し余裕を見てください。このあたりの段取りは納期の記事に具体的に書いてあります。
最初の「いくらが適切か」に、作り手なりの答えを。名刺入れは、毎日使って何年も付き合う相棒です。千円台の量産品もありますが、いい革を、手で縫って、名前まで入れて仕立てたものは、値段のわりに驚くほど長く使えます。買うときは高く感じても、使う年数で割れば、むしろ安い。私はいつもそう思いながら作っています。
差し出す一枚に、自分を乗せる
素材、容量、色、仕立て。この四つだけ押さえておけば、名刺入れ選びはずいぶん楽になります。革で名刺を守って、使い方に合う薄さか大容量かを選び、育った色を想像して、手縫いと名入れで長く付き合う。それで、あなたの“顔”になる一つが見つかるはずです。
SpringHiker では、栃木レザーを使った名刺入れをオーダーでもお作りしています。「この色で、薄型で」「イニシャルを入れて」——そんなご希望があれば、オーダーメイドのご相談から気軽に声をかけてください。あなたのビジネスの顔になる一枚を、一緒に仕立てられたら嬉しいです。名刺入れ以外の仕事まわりの革小物については、この記事もどうぞ。
手帖は、つづく。