夏を越えた革を、秋にととのえる——汗と日焼けの後始末と、しまい方の作法
朝晩の空気が入れ替わって、シャツの上に一枚羽織る日が出てきました。クローゼットの衣替えを考えはじめるこの時期、革小物にも同じ節目が来ています。
春の衣替えのときは、冬の乾燥から革を立て直す手入れの話をしました。秋はその逆です。乾いて痩せた革を潤す季節ではなく、夏に革が抱え込んだものを、抜いてやる季節。汗、皮脂、強い日差し、そして湿気。この四つの後始末をしないまま秋冬に持ち越すと、あとから静かに効いてきます。
夏の疲れは、秋になってから出てくる
革はその日のうちには文句を言いません。夏のあいだ毎日ポケットに入れていた財布やキーケースを、いま改めて手に取ってみてください。こんな兆候が出ていませんか。
- 縁やコバが黒ずんできた——手の脂が触れつづけた場所から色が沈みます。角、ファスナーの引き手、ベルトループのあたり
- 表面に白い粉のようなものが浮いている——汗の塩分が革に染みて、乾いて表に出てきたものです
- 片面だけ色が濃い——バッグの外側やポケットの外側に向いていた面だけが日に焼けています
- 手触りが少しこわばった——汗で濡れて乾く、を繰り返した革は繊維が締まって硬くなります
どれも夏を普通に使えば普通に起きることで、傷んでいるわけではありません。ただしそのまましまうと、いちばんまずい。皮脂はカビの栄養そのものだからです。梅雨のカビの話で書いたことは、じつは秋のしまい込みにこそ当てはまります。
点検は、明るいところで、両面を見る
手入れの前に見ることから。工房でも、まず窓際まで持っていって光にかざします。蛍光灯の下では黒ずみも日焼けも見えません。
見るのは三つです。ひとつ、縁と縫い目の溝。汚れは平らな面ではなく、溝と角に溜まります。ふたつ、裏表の色の差。片面だけ焼けているなら、しばらく置き方を反対にして光の当たり方を均していくと、時間をかけて馴染みます。急いで直そうとしないこと——ヌメ革の日光浴は夏にやるから効くのであって、秋の弱い光で無理に追いつかせるものではありません。みっつ、金具。汗が乾いた跡が残っていると、そこから曇りが進みます。乾いた布で拭くだけで十分違います。
しまう前の作法——ビニール袋に入れない
夏に活躍して、これから出番が減るもの。しまうときの手順はごく単純です。
まず乾いた布で全体を乾拭きして、皮脂と埃を落とす。白い粉が浮いていたら、固く絞った布で軽く撫でて、あとは自然に乾かします。こすらない、濡らしすぎない。次に風の通る日陰で半日ほど休ませる。ここを飛ばして袋に入れるのが、いちばんよくある失敗です。
包むのは不織布の袋か、綿の布。ビニール袋は湿気を閉じ込めて、革にとっては蒸し風呂になります。乾燥剤を入れるなら一つだけ——入れすぎると今度は革が乾ききって、曲がる場所からひび割れます。財布や小物入れは、やわらかい紙を軽く詰めておくと型が崩れません。色の違う革どうしを重ねて置かないこと。長く触れていると色は移ります。
そしてオイルは、しまう前に入れない。皮脂を吸ったままの革に油を足すと、ベタつきとシミの原因になります。塗るなら汚れを落として、乾かして、それでもカサつくときに薄く。分量の考え方はオイルケアの頻度と量に書いたとおりです。
秋は、革を育てるのにいちばんいい季節
しまう話ばかりしましたが、秋の本題はむしろこちらです。日本の秋は、革にとって一年でいちばん過ごしやすい。湿度が下がってカビの心配が減り、汗をかかなくなって革が余計な水分を抱えません。夏の強い光で色を進めた革が、落ち着いて表情を決めていく時期でもあります。
この季節にやることは、特別な手入れではありません。使うことと、布で拭くこと。手の脂がまんべんなく回り、擦れて艶が出る。ヌメ革の飴色は日光だけでできるものではなくて、この地味な往復でできています。だから秋は、しまうものを決めたら、残したものは思いきり持ち歩いてください。
毎日ポケットに入るもの——鍵のカバーやイヤホンのケースのような小さなものほど、この季節の変化が早く出ます。手帳を新調するならペンケースもそう。手帳シーズンの話で書いた「書く道具まわりを整える」は、ちょうど今が仕込みどきです。
秋に新調するなら、色は「これから」で選ぶ
衣替えのついでに一つ新しくしたくなる季節でもあります。秋は服の色が深くなるので、革も濃い色に手が伸びがちですが、少しだけ立ち止まってください。
ヌメ革は使うほど濃くなります。いま濃い茶を選ぶと、一年後にはもっと濃くなる。買う時点の色ではなく、育ちきった姿で選ぶ——考え方は色選びの記事にまとめました。秋のあいだにナチュラルを迎えて、冬から春にかけて濃くしていく、という育て方もあります。
私たちは受注生産なので、いまお申し込みいただくものは数週間先にお手元へ届きます。オーダーメイドなら、革も金具も寸法も、届いたその日から自分の手に合うように決められます。年内に育てはじめたい方は、そろそろ逆算をはじめる頃です。
衣替えは、持ち物を数える機会でもあります。この秋しまうもの、これから育てるもの。どちらにも、少しだけ手をかけてやってください。
手帖は、つづく。