スマホの背中に貼る革のカードホルダー——MagSafe時代に、磁石をどう仕込むか
スマートフォンを裏返して机に置くと、背面の中央にうっすらと円い輪郭が浮かんで見えることがあります。ケースの上からでも分かる、あの輪。中に磁石が並んでいる印です。
ここ数年で、あの輪に貼りつくものが一気に増えました。充電器、スタンド、車のホルダー。そして、カードを数枚だけ入れておく小さなケース。工房にも「財布は持たずに出かけたい。カードを2枚、スマホの背中に貼れたらいいのに」というご相談が、ぽつぽつ届くようになりました。
先にはっきり書いておきます。SpringHiker には今のところ、磁石で貼りつく革のカードホルダーはありません。ただ、作らないと決めているわけでもないのです。革を裁つ側の頭の中では「もし作るなら、どこで悩むか」がだいぶ形になってきたので、今日はその設計メモをそのまま開いてみます。
「持つ」から「貼る」へ、少しずつ
スマートフォンの背面に磁石のリングが入ったのは、2020年に登場した世代からでした。位置がぴたりと決まって、手を離しても落ちない。この仕組みが定着してから、貼るタイプのアクセサリーが目に見えて増えています。最近では磁石での位置合わせを前提にした規格が、Apple 以外の端末にも広がりはじめました。
キャッシュレスが進んで持ち歩くカードが減ったという話は、コンパクト財布の記事でも書きました。ただ「貼る」という持ち方が面白いのは、荷物が減ることそのものよりも、荷物が一枚の板にまとまってしまう点です。鍵とスマホと、カードが数枚。ポケットに手を入れたとき、探すものがひとつになる。
革の工房から見ると、これは少し新しい仕事です。私たちがこれまで作ってきたものは、たいてい「持つ」ためのものでした。手に取り、開き、また閉じる。それに対して貼る道具は、閉じたまま裏側にいて、使うときだけ剥がされます。同じカード入れでも、求められる作りがまるで違うのです。
磁石は、革のどこに隠れているのか
磁石を使ったものづくりで最初にぶつかるのは、厚みです。磁力は距離が離れるとあっという間に弱くなります。厚い革を一枚挟むだけで、貼りつく力ははっきり落ちる。だから貼る面の革は、できるかぎり薄くしたい。
とはいえ薄いだけの革は、へたります。カードを出し入れするうちに口が伸びて、角が波打ってくる。ここで効いてくるのが漉きです。全体を薄い革で作るのではなく、厚みのある革を選んで、磁石が入る場所だけを裏から円く漉き落とす。表から見れば平らなまま、内側にだけ座を作ってやります。革の厚みと硬さについては以前の記事で書きましたが、貼る道具では、その選択がそのまま貼りつく力に直結します。
金具を表に出さずに納めるやり方は、実はもう手の内にあります。私たちのカードケース&コインケースは、閉じている状態では表面に金具がひとつも見えません。フラップを開けると、そこで初めて金色のバネホックが現れます。磁石を仕込むときも考え方は同じで、外からは革しか見えない状態に納めたい。ロゴも金具も見せずに佇まいだけで語らせる作り方は、静かな上質の話とも地続きです。
もうひとつ譲れないのが、磁石を接着だけで留めないこと。接着剤は温度と時間に弱く、夏のポケットの中は思っているより過酷です。革で包んで縫いで囲ってしまえば、糸が切れないかぎり磁石は動きません。中で磁石が泳ぐカードホルダーほど心もとないものはないので、ここは手間をかける場所だと思っています。
カードと磁石は、同居できるのか
磁石と聞いて心配になるのは、カードへの影響でしょう。いま広く使われている IC チップのカードは、磁石を近づけたくらいで情報が消えることはまずありません。交通系のカードも同じ仕組みです。
気をつけたいのは、裏面に黒い帯が入った磁気ストライプのほう。ホテルのルームキーなど、いまも磁気で読ませているものがあります。強い磁石のそばに長く置くのは避けたい相手です。
ですから設計では、磁石の真上にカードが重ならないよう段を組みます。「入るかどうか」ではなく「どこに何が重なるか」を先に決める。中に何かを仕込むご相談を受けるときは、いつもこの順番です。AirTag を仕込むときも、まず居場所から決めました。
いま工房にあるもの、まだ無いもの
実物の話をします。カードケース&コインケースは、縦75mm・横100mm・厚さ20mm。カードが2〜3枚と、小銭が少し入ります。栃木レザーで仕立てて、波のかたちに切ったフラップを隠しバネホックで留める。色はブラック・キャメル・ブラウンの3色で7,680円、受注生産なのでご注文から2〜3週間ほどいただきます。
これは「貼る」ためではなく「持つ」ための型です。磁石は入っていません。つまり、MagSafe で貼りつく革のカードホルダーは、現時点の私たちのラインナップにはひとつも無い、ということになります。
無いものを、あるように書くつもりはありません。ただ受注生産の工房にとって「まだ無い」は、案外いい話のきっかけになります。
もし作るなら、こう作りたい
いま考えている方針を、そのまま並べておきます。貼る面は薄く漉いて磁力を殺さない。磁石は縫いで囲って固定する。カードは2〜3枚に絞る(欲張って厚くすると、その厚みがそのまま剥がれやすさに変わります)。コバの磨きと手縫いの手順は、いまの型と同じものを使う。名入れは貼る面ではなく、指の当たる縁のほうに。
それから、これは受注生産に向いた道具だとも思っています。端末が新しくなるたびに磁石の位置や大きさは少しずつ変わりますし、入れたいカードの枚数も人それぞれです。既製品としてひとつの寸法に決め打ちするより、お使いの端末とカードの枚数を伺ってから裁つほうが、たぶん気持ちよく使えます。
もし興味が湧いたら、オーダーメイドのご相談から声をかけてください。「この端末に、この2枚を」と教えていただければ、そこから一緒に形を決めていけます。革は、貼っても育ちます。ポケットで擦れた角のあたりから先に色が変わっていくはずで、その姿は今から少し楽しみです。
手帖は、つづく。