革小物の売り場を眺めていると、つるりとした光沢のものに混じって、ふわっと毛足の立った独特の質感の革が並んでいることがあります。指で触れるとしっとり吸い付くようで、けれど見慣れた「ツヤのある革」とはどこか違う——。それが「ヌバック」や「スエード」と呼ばれる、起毛系の革たちです。
同じ「起毛」でも、ヌバックとスエードは別物です。製法が違い、手触りが違い、似合うシーンも、ケアの仕方も違う。けれどパッと見ただけでは判別が難しく、お店で説明を聞いてもいまひとつピンとこない、という方も多いのではないでしょうか。
今日は、銀面(ぎんめん)と起毛という「革の二つの表情」を入り口に、ヌバックとスエードの世界を、職人視点でゆっくりほどいていきます。SpringHiker では普段、銀面を活かしたスムースレザーの小物を中心にお作りしていますが、起毛素材も革の魅力の大事な一面。知っておくと、革を選ぶときの目が一段深くなります。

銀面と起毛——「革の表」と「裏」の話
一枚の革には、必ず「表」と「裏」があります。動物の皮膚の表面にあたるのが「銀面(ぎんめん)」、その裏側(肉に接していた面)が「床(とこ)」と呼ばれる部分です。銀面は毛穴のキメが整い、ツヤと張りがあり、私たちが「革らしい」と感じる、あの光沢のある面のこと。床面はそれに対してざらりとした繊維質の面で、本来は隠れている部分です。
ところが、革の世界にはこの「裏」をあえて表に使う仕立てがあります。床面そのものを表に使ったのが「スエード」。銀面を軽く起毛させてビロードのような短い毛足を立てたのが「ヌバック」。同じ「起毛素材」と一括りにされがちですが、出発点が全く違うのです。
こうした素材の見立ては、革の「部位」で変わる表情の話とも繋がっています。革は一頭から無数の表情を取り出せる、奥深い素材なのです。
ヌバックとスエードはどこが違うのか
ヌバックは、銀面の側を細かなサンドペーパーで軽く起毛させて作ります。元の銀面の繊維はきめ細かく緊密に詰まっているため、できあがる起毛も短く、しっとりと密度の高い手触りになります。シルクやベルベットに近い、上品な質感です。
スエードは、床面の繊維を逆に立たせて作ります。床面の繊維はもともと粗く長いので、毛足もヌバックより長くふわっとした印象になります。子羊や子牛の皮を使ったスエードは特に柔らかく、衣料品や靴のアッパーによく使われます。
判別のコツを一つ。指で軽く撫でて、毛足の方向で色味が大きく変わり、密度の高い短い起毛なら「ヌバック」。長めでふんわりした起毛で、色味の変化がやや穏やかなら「スエード」。お店で迷ったら、ぜひ手触りで確かめてみてください。本革と合成皮革の見分け方でも触れましたが、こうした起毛系こそ本革と合成素材で手触りの差が出やすい領域でもあります。

手触りの魅力——光と陰の表情
起毛素材の最大の魅力は、何と言ってもその「手触り」です。指の腹で撫でると、毛足が倒れて色がふわりと変化する。逆方向に撫でると、また色が戻る——あの一瞬の表情の変化は、銀面のスムースレザーでは決して味わえないものです。光の当たり方によって陰影が生まれ、見る角度で表情が変わる立体感もあります。
ヌバックは緊密さゆえに、しっとりと吸い付くような手触り。スエードはふわっと柔らかく、頬擦りしたくなるような温かさ。どちらも、銀面の革とは全く違う「触る楽しさ」を持っています。
素材としての成り立ちは、クロムなめし vs タンニンなめしの選択や、革の厚みと硬さとも深く関わっています。同じ起毛でも、なめしや厚みで仕上がりの印象は大きく変わるのです。
経年変化の楽しみ方
銀面のスムースレザーが「ツヤを増しながら飴色に深まる」のに対し、ヌバックやスエードの経年変化は少し趣が異なります。最初のうちはふわっと立っていた起毛が、使い込むほどに少しずつ寝ていき、触れる部分から「テカリ」とも違う独特の艶めきが生まれてくる——これが起毛素材の「育つ姿」です。
銀面革の経年変化が「色の深まり」だとすれば、起毛素材の経年変化は「質感の変化」。最初のふわふわ感を惜しむか、使い込まれた風合いを愛おしむかは、好み次第。けれどどちらの表情も、その革と過ごしてきた時間の証であることに変わりはありません。
ケアの注意点——銀面とは違うルール
起毛素材のケアは、銀面革とは別のルールで考える必要があります。最大の禁則は、普通の革用クリームやオイルを塗らないこと。スムースレザー用のクリームを塗ってしまうと、起毛がべったり寝てしまい、シミになって元に戻らないケースがほとんどです。革小物の正しいお手入れ方法で書いた基本ルートは、起毛素材には適用できません。
起毛素材のケアの基本は、専用のブラシで毛足を起こしてあげること。柔らかい真鍮ブラシや豚毛ブラシで、毛流れに逆らうように軽く撫でてホコリを払い、毛足をふっくらと立ち上げる。これだけで見違えるほど表情が戻ります。汚れがついたら、起毛素材専用のスプレークリーナーを使うのが安全です。雨に濡れた場合は、表面をタオルで押さえて水分を吸い取った後、陰干しでゆっくり乾かしてからブラッシング——これが鉄則です。

SpringHiker では普段、銀面を活かしたスムースレザーの革小物を中心にお作りしています。取り扱いの革小物一覧はぜひご覧ください。「ヌバックやスエードで、何か小さなものを作れませんか」——もしそんなご要望があれば、オーダーメイドのご相談でお受けすることもできます。素材の世界は広く、革の表情は無数にある。今日の話が、あなたの「革を選ぶ目」のひとつの引き出しになれば嬉しいです。







