革製品を選ぶとき、「本革」と書かれていればそれで安心——そう思っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。
実は、同じ「本革」でも、原皮をどうやって革に変えるか——つまり「なめし」の方法によって、手触りも、見た目も、何年も使ったあとの表情も、まったく違うものになります。私たちが日々革に触れながら感じているのは、なめしこそが革の性格を決める最も大きな要素だということです。
今回は、世界で使われている二大製法——クロムなめしとタンニンなめしの違いを、実際に革を扱う職人の目線からお伝えします。
そもそも「なめし」とは何か
動物の皮は、そのままでは腐敗してしまいます。この生皮を、腐らず・柔軟で・丈夫な「革」に変える化学的な処理が「なめし(鞣し)」です。英語では "tanning" と言いますが、これはもともとタンニン(植物の渋)を使って皮を処理していたことに由来します。
なめしの歴史は人類の歴史とほぼ同じくらい古く、植物の樹皮や実を使ったタンニンなめしは数千年前から行われてきました。一方のクロムなめしは19世紀後半に開発された、いわば近代的な技術です。
クロムなめし——世界の革の8割を占める主流派
現在、世界で生産される革の約80〜85%はクロムなめしで作られています。三価クロムという金属塩を使って皮のタンパク質を安定させる方法で、最大の特徴は処理の速さ。タンニンなめしが数週間から数ヶ月かかるのに対し、クロムなめしは1日程度で完了します。
手に取ったときの印象は「しなやかで軽い」。発色がよく、鮮やかなカラーリングも得意です。耐水性にも優れていて、多少の雨なら気にせず使えます。
こうした特性から、衣料用のレザージャケットやバッグ、靴の裏革、車のシートなど、大量生産が求められる分野で広く使われています。
クロムなめしの主な特徴:
- 柔らかく、しなやかな質感
- 発色が鮮やかで退色しにくい
- 耐水性・耐熱性に優れる
- 生産効率が高くコストを抑えやすい
- 経年変化は穏やか(大きく表情は変わりにくい)
タンニンなめし——時間をかけて生まれる、育つ革
ミモザ、チェスナット(栗)、ケブラチョ——これらの樹木から抽出した天然の渋(タンニン)で皮を鞣すのがタンニンなめしです。ピット槽と呼ばれる大きな桶に皮を浸し、濃度を少しずつ上げながら数週間から数ヶ月かけて仕上げていきます。
手に取った瞬間にわかるのが、革そのものの密度感です。クロムなめしの「しなやかさ」とは対照的に、タンニンなめしの革にはしっかりとしたコシがあります。繊維がぎゅっと詰まっている感じ、とでも言えばいいでしょうか。栃木レザーを初めて手にしたとき、その密度と滑らかさに驚いたことを今でも覚えています。
そして何より、タンニンなめし最大の魅力は経年変化(エイジング)。使い込むほどに色が深まり、手の油分が染み込んで艶が増していく——いわゆる「育つ革」です。この変化の仕組みについては「なぜヌメ革は育つのか?」の記事で詳しく解説していますので、ぜひ合わせてご覧ください。
タンニンなめしの主な特徴:
- しっかりとしたコシと密度感
- 使い込むほどに色艶が深まる経年変化
- 自然な風合いと温かみのある色味
- 時間と手間がかかるため価格は高め
- 水に弱く、シミになりやすい(ケア次第で味になる)
革を選ぶとき、何を基準にすればいいのか
「クロムなめしとタンニンなめし、どちらが優れているか」——これは、実はあまり意味のある問いではありません。包丁と鉈のどちらが優れているかを議論するようなもので、用途と好みによって答えが変わります。
たとえば、雨の日でもガシガシ使いたいスマホケースなら、耐水性のあるクロムなめしの方が実用的です。一方、毎日手に触れるペンケースや財布で「自分だけの色」に育てたいなら、タンニンなめしの革がその期待に応えてくれます。
SpringHikerでは栃木レザーやイタリアンレザー(ブッテーロ、ミネルバボックスなど)を中心に制作しています。いずれもタンニンなめしの革です。私たちがタンニンなめしを選ぶのは、使い手の日常に寄り添いながら、少しずつ表情を変えていく——その過程に、革小物を持つ喜びがあると考えているからです。
もちろん、実際に手に取ってみないとわからないこともたくさんあります。素材について気になることがあれば、お気軽にお問い合わせください。革の手触りや経年変化の様子など、職人目線でお伝えできることがあるはずです。
二つの製法を知ると、革はもっと面白くなる
なめしの違いを知ると、革製品を見る目が変わります。店頭で革に触れたとき、「これはクロムかな、タンニンかな」と考えるだけで、その製品がどんな性格を持っているのか、これからどう変わっていくのかが想像できるようになる。
もしタンニンなめしの経年変化に興味を持たれたなら、栃木レザーのエイジング記録もぜひ読んでみてください。新品の淡いキャメルが、数ヶ月でどれほど深い飴色に変わるのか——写真で追いかけた記録です。
革は、知れば知るほど奥が深い素材です。次に革小物を手に取るとき、この記事のことを少しでも思い出していただけたら嬉しく思います。







