手縫いの糸にもこだわる——サドルステッチという技法

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革製品を手に取ったとき、ぜひ一度、縫い目をじっくり眺めてみてください。

ステッチの一つひとつが均等に並んでいるか。糸がどんな色で、どんな太さか。斜めに走る縫い目の角度はどうか——。革の質や色に目が行きがちですが、実は「縫い」こそが革小物の寿命と表情を決める、もうひとつの主役です。

SpringHikerの製品はすべて手縫い、いわゆる「サドルステッチ」で仕立てています。今回は、私たちがなぜこの技法にこだわるのか、そして糸一本にまでどんな思いを込めているのか、制作の現場からお話しします。

サドルステッチとは——二本の針が交差する縫い方

サドルステッチは、一本の糸の両端にそれぞれ針をつけ、左右から交互に同じ穴を通していく縫い方です。名前の通り、もともとは馬の鞍(サドル)を縫うために生まれた技法で、何百年もの歴史を持ちます。

仕組みはシンプルです。革にあらかじめ菱目打ち(ひしめうち)という道具で穴をあけておき、右の針と左の針を交互にくぐらせる。すると、穴の中で糸が×の字に交差して、表からも裏からも均一なステッチが現れます。

言葉にすると単純ですが、実際にやってみると奥が深い。糸を引く力の加減、針を通す角度、一目ごとのリズム——少しでもムラがあると、仕上がりの縫い目がガタつきます。ここが手縫いの難しさであり、面白さでもあります。

ミシン縫いとの決定的な違い——「ほどけない」強さ

「手縫いとミシン縫い、何が違うの?」とよく聞かれます。見た目だけなら、きれいに縫えたミシンステッチも手縫いも大差ないように見えるかもしれません。でも、構造がまったく違います。

ミシン縫い(ロックステッチ)は、上糸と下糸が絡み合うことで縫い目を作ります。効率は抜群ですが、弱点がひとつ。どこか一か所で糸が切れると、そこからするすると全体がほどけてしまうのです。セーターのほつれを想像していただくと分かりやすいかもしれません。

一方、サドルステッチは一本の糸が穴ごとにクロスしているため、仮にどこかで糸が擦り切れても、隣の縫い目はびくともしません。切れた箇所の前後で糸がロックされるからです。鞍職人が命を預ける馬具に使ってきた理由が、ここにあります。

サドルステッチの手縫い作業——二本の針と菱目打ちの穴

SpringHikerのAirPods Proケースペンケースは、毎日カバンに入れたり取り出したりと、かなり負荷のかかる使い方をされます。だからこそ、一か所切れてもほどけないサドルステッチでなければ安心できません。

糸選びの話——麻、ポリエステル、それぞれの「性格」

サドルステッチで使う糸にも、いくつかの選択肢があります。代表的なのは麻糸(リネン)とポリエステル糸。それぞれに個性があり、向き不向きがあります。

麻糸(リネン)

伝統的な手縫い糸の代名詞です。天然繊維ならではのマットな質感があり、縫い目に落ち着いた表情を与えてくれます。蜜蝋を塗り込んで使うのが昔ながらの作法で、蝋が繊維の隙間を埋めることで防水性と滑りの良さが生まれます。使い込むと蝋が革に馴染み、ステッチと革が一体化していく——その経年変化は麻糸ならではの魅力です。

ただし、紫外線に弱く、屋外で長時間使うアイテムには向きません。色の選択肢もポリエステルと比べると限られます。

ポリエステル糸

現代の手縫い糸の主流です。耐久性、耐候性、発色の良さ、どれをとっても安定しています。色数が豊富で、革の色に合わせた微妙な色合わせができるのも大きな利点。強度も麻糸以上です。

「化学繊維だから味がない」と思われがちですが、質の良いポリエステル手縫い糸は適度な光沢があって、革の表面を引き立ててくれます。

手縫い用の蝋引き糸と菱目打ち・縫い針などの道具

SpringHikerの糸と道具——私たちが選んでいるもの

SpringHikerでは、製品ごとに糸を使い分けています。

たとえば、コンパクト財布のように毎日何度も開閉するアイテムには、強度と耐久性に優れたポリエステル糸を。糸の太さは革の厚みとのバランスで決めます。太すぎると穴に負荷がかかり、細すぎるとステッチが革に埋もれてしまう。ちょうどいい太さを見つけるのにも、意外と試行錯誤があるのです。

糸の色もじっくり選びます。キャメルの栃木レザーにはわずかに濃いブラウンの糸を合わせると、縫い目が主張しすぎず、でもしっかり存在感がある。ブラックの革には、あえて同色の黒糸でスッキリ見せることもあれば、コバ(革の断面)の色に合わせてベージュの糸を選ぶこともあります。この「糸と革の色合わせ」は、地味ですが仕上がりの印象を大きく左右します。

穴をあける菱目打ちは、ヨーロッパ目と呼ばれるピッチの細かいものを使っています。穴の間隔が狭いほどステッチが細かくなり、上品な印象に仕上がります。その分、一つの製品にかかる手間と時間は増えますが、ここは譲れないところです。

手縫いの「時間」が革に宿るもの

正直に言えば、サドルステッチはミシンの何倍も時間がかかります。たとえばペンケース一本でも、穴あけから縫い上がりまで丁寧にやれば、縫いの工程だけで相当な時間が必要です。量産には向きません。

でも、その時間のぶんだけ、手縫いの革小物には「手に取ればわかる何か」があると私たちは思っています。

糸が穴の中でしっかりクロスしている感触。一目ずつ力を込めて引き締めた、ステッチの密度。指で縫い目をなぞったとき、わずかに感じる糸の凹凸——。この触感は、機械では再現できません。

SpringHikerの制作工程をご紹介した記事でも触れましたが、裁断から仕上げまですべて手作業で行う中で、縫いの時間はもっとも集中力を要する工程です。一目縫うごとに、この製品を使ってくださる方のことを想像する。大げさに聞こえるかもしれませんが、手を動かしていると自然とそういう気持ちになるのです。

革小物を手に取る機会があったら、ぜひ縫い目に注目してみてください。整った目が並んでいるか、糸は革の色と調和しているか、ステッチに指を当てたときの感触はどうか。それだけで、その製品がどんなふうに作られたのか、少し見えてくるはずです。

SpringHikerの手縫い製品は、こちらからご覧いただけます。一針ずつ縫い上げた製品を、ぜひお手に取ってみてください。

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